帰宅したらギターコンペテイションの参加者名入りの案内が届いていた。
我が地区は何人出るかなと数えてみたらトータル23人!たったの23人か。
昨年1月に私が出場したとき、我が地区大会は五十歳代だけでも10人でトータル44人参加していたのに。比率で計算すると私の出る五十歳代は今回せいぜい5,6人ってとこか。
例年、地区で金賞を貰ったら無条件で全国大会の出場権も得られたが、来年1月の大会からは、金賞の中から「推薦」を貰った人だけしか全国大会に出られなくなったのだ。
私の先生は、私が次のコンペに出ると伝えたとき「規約が変わってかなり難しい大会になったけど、それでも出るの?」と、あまりお勧めしないような空気を出していたのだけど、同じような感じで言われて「じゃぁやめよう」って思っちゃった人が多かったってことだな。
意気地なしね。
私は金賞も推薦も貰って春の全国大会でグランプリ取りますよ。なめんな。にゃー
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ギター話ついでに、クラシックギターという楽器とカッタウェイモデルについて。
ちょっと齧ってる程度の私が偉そうに書いちゃいますけども。
クラシック音楽としてギターを弾く人に、どんなに音が良くて弾きやすくても近代的な「カッタウェイ」モデルをメインギターとして持つ人はいないのではと思います。
逆に、19世紀ギターという、今のギターよりうんと小さくて音量も音質も良くないギターを弾くプロもいらっしゃる。扱いにくい本物の「羊の腸」を使ったガット弦を張ったりする人も。
クラシック音楽の「クラシック」は「伝統的な」という意味なので、例えば古典派の作曲家の曲でリズムにタメを作ってビブラートを多用しちゃったりすると、私の先生は
絶対ダメとまでは言わないけど、発表会でそれやると「こいつ分かってねーな」って思われるよ
という言い方で窘めます。
多分『師匠と弟子』という関係だったらもっとキツい言い方するかもですね。俺が恥かくんだぞとかね。大人の音楽教室なんて生徒は『お客さん』なのでね。「友達や家族の前でそうやって弾く分には何も言わないけどさ」とも言ってましたが。
バロックはバロックの、古典派は古典派の、ロマン派はロマン派の弾き方を「こうやって演奏していたんじゃないか」と『再現』するのがクラシック音楽で、その解釈を師匠から弟子へ伝えてゆくのがクラシック音楽を学ぶということなのではと思います。
なので『再現』を突き詰めて19世紀ギターやバロックギター、ガット弦を手にする人もいるわけですね。
不自由な音楽だなぁって話ですが、長い時代守られてきた流派・流儀の枠の中で個性を磨く「華道」とか「日本舞踊」「歌舞伎」など、伝統文化ってそういうもので、それに価値を見い出して面白いと思う人が続けているから道具も伝統的な物を使うのだと思います。
ギターの音色的観点から言うと、カッタウェイが普通のクラシックギターより優位になる要素はないのではと思います。体積が減って胴鳴りが減る分ピックアップとの相性は優れていると言えそうですが。
音色はもっと支配的な要素(木の材質・爪の形厚み・弦との相性・演奏者との相性)があるので一概には言えないかと思いますけどね。
あ、あと、カッタウェイモデルだと恐らく弦高をうんと低くしているのではと想像します。クラシックギターは弦を縦振動させる(表面の板が振動できる方向と同方向に弦を振動させる)ので、アコギやエレキを弾いている人から見るとビックリするくらい弦高が高いです。弦高が足りていないと「ここぞ」という音を出したい時に使う「アポヤンド」が使えない(縦振動した弦がフレットバーに当たってビリつく)可能性が高いかと思います。まぁこの弦高は変えられますが、わざわざ変えてまでカッタウェイを使うことはやっぱり「無し」だなぁと。
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これも届いた。
腕時計のスタンドですな。
こんな感じで
3個入っていて、空きの1個は同時に注文した「あいみょんモデル」が座る予定。
しかしこれ、日本製で送料込み275円ってさ。我が国の製造と流通はどうなっておるのかね。安いのは嬉しいけど複雑やなぁ。